JPモルガン・チェイス銀行は、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の先進企業と広く認識されていますが、その具体像はなかなか見えづらいように思います。ここでは同社が毎年実施しているアナリスト・ミーティングの資料を活用することで、その実情をまとめてみました。 ■ JP Morgan Chase銀行のテクノロジー活用米国銀行最大手のJPモルガン・チェイス銀行(以下JPMC)は、全社員25万人の20%強に相当する5万6000人がエンジニアとしてIT関連業務に携わっており、金融界のテクノロジー・リーダーと広く認識されている。年間のIT予算は、過去5年間平均7%で増加し、2023年には150億ドルに達している(人件費含む)。新規投資と既存システムの維持管理費用の割合は50/50と説明されている。デジタル化(Digital Transformation (DX)/Digitalization)の取組みに関しても、2018年に全社スローガン “Mobile First, Digital Everything”を掲げて全面的な推進を行っている。 ■ DXにつながるテクノロジー活用の歴史JPMCのIT活用は、ジェイミー・ダイモン氏がCEOに就任した2004年に遡る。当時、JPMCはコアシステム全体をIBMにアウトソーシングしていたが、2004年9月に違約金を支払って社内に戻すことが決定され、転籍していた社員4000人もJPMCに戻った。その後、2008年にリーマンショックが起こり、金融業界全体が数年に渡ってバランスシートの見直しを最優先する事態となったが、2010年から2015年にかけては、モバイル専用銀行など多数のフィンテック・ベンチャーが登場して成長機会をうかがい、グーグルやアップルなどのグローバル・ネット企業も金融業への参入が噂されていた。 JPMCでは2015年頃に全社的なデジタル戦略の構築を開始、「アマゾンが金融に参入する前に、自身がアマゾンになろう」との認識でIT活用に大きく舵を切った。そしてモバイル・バンキング、モバイル・トレーディング、P2Pペイメント(QuickPay)、デジタル・ウォレット(ChasePay)などのモバイル・アプリを次々に登場させるとともに、フィンテック企業との提携による住宅ローンアプリや自動車ローンアプリ、自動与信審査などの提供もスタートした。またこれまで営業していなかった州でネット専用ブランド”FINN”でモバイル・バンキングを開始した。 2018年には、リテールバンキング顧客の全タッチポイント(注)でのエクスペリエンス向上を目指す取り組みをはじめ、全社での「Everything Digital」が開始された。これを支えるため、リテール・バンキング部門では、Webサイトとモバイルアプリのアジャイル化を支えるデジタル基盤が構築され、2022年にはChase.comの週15回更新/モバイルアプリの月2回更新が可能になったと発表されている。これと相前後して2020年にはコアバンキングのクラウド移行が表明された。(注)タッチポイント:ATM/デジタル・ウォレット/P2Pペイメント/モバイルアプリ/メッセージングなど顧客と金融機関との接点を指す。 ■ DXを支える体制JPMCは四事業部(コンシューマー・バンキング/コマーシャル・バンキング/キャピタル・マーケッツ・投資銀行/アセットマネジメント・ウェルスマネジメント)で構成されているが、IT部門は、各事業部毎それぞれのIT部門に加え全社横断のIT部門があり(それぞれにCIOが在籍)、業務の内容により個別IT部門が担当するか、横断IT部門が担当かが決められる。 サイバーセキュリティが全社共通で行われる。商品毎のリスク管理は部門別に行われるが、カウンターパーティーのリスク管理は、大手企業顧客一社と複数部門で取引があるケースも多々あることから横断部門で行われている。カスタマー・オンボーディング(新規口座開設)が横断IT部門にあることも興味深い。これにより、例えば銀行口座を持つ個人顧客が、新規にウェルスマネジメント口座を開設する場合、顧客の個人情報は全社共通管理なので、モバイルやWebサイトでの即時口座開設が可能となった。 IT要員の確保も重要な課題である。2018年のIT関連要員は3万人だったが、2023年には前述のとおり56,000人にまで増強されている(その間、全社員数は横ばい)。経験者の採用だけでなくIT部門メンバーのスキルアップにも大きな力が割かれており、双方を組み合わせることで、1000人のデータ・マネジメント要員、900人のデータ・サイエンティスト、機械学習の専門家600人などの専門チームが可能となった。その他、分散台帳技術、RPA、エクスプレイナブルAIなどの専門チームも設けられている。...