米国では健康保険でカバーされない医療費用の自己負担分に対応する優遇税制口座「ヘルスケア・セービング口座(HSA)」が普及していますが、非課税で拠出した資金を翌年以降にも繰り越せることから、老後の医療費積立という側面も併せ持っています。ここではその概要を解説してみました。
■ 米国の健康保険の仕組み
米国では国が運営する健康保険は、65歳以上を対象とするMedicareと低所得者向けのMedicaidしかなく、大部分の一般消費者は民間保険会社が提供する健康保険に加入することになる。個人で健康保険に加入することもできるが、ほとんどの企業が福利厚生の一環とし健康保険会社と契約し従業員向け健康保険を提供しているので、消費者は勤務先経由で健康保険に加入するケースが多い。
健康保険会社が提供する保険は、(1)かかりつけ医を指定するかどうか、(2)医療を受ける際に毎回自己負担分を設けるかどうか(設ける場合はいくらか)、(3)年間の免責額(自己負担額)を設定するかどうか(設定する場合いくらか)、(4)どのような医療行為を保険対象とするか/しないか、など様々な条件を設定できる。従って料金も様々となる。
企業は、福利厚生の視点からどのような条件の健康保険を社員に提供するかを決め、入札で保険会社を決めることが多い。更に保険料の社員負担分と会社補助の割合も各社が設定できる。
■ ヘルスケア・セービング口座(HSA)
前述のような状況から、勤務先が提供する保険の内容/費用がかなり異なるのが実態だが、いずれにしろ社員/消費者が有利な内容にしようとすると保険料が高くなるという根本的な課題がある。この妥協案として免責額を多めに設定して毎月の保険料を下げるパターンが考案され(自動車保険と同様の考え方)、これを補完する仕組みとして2003年にHSAに関する法律が制定された。
HSAは、企業が提供する健康保険の免責額が年間$1400(個人)/$2800(家族)以上の場合に限り、個人はHSAに年間$3650(個人)/$7300(家族)まで給与天引きで拠出できる(金額はいずれも2022年度の場合:毎年金額が見直される)。
■ 老後医療費としての位置づけも
HSAは、拠出時は所得控除、支払い時も非課税支出となる。更に、年末の残高は翌年以降に繰り越せ、転職時もポータビリティがあることから順調に普及、2021年末現在3250万口座、口座残高合計は1000億ドル(13兆円)となっている(比較:日本のNISA1700万口座、16兆円)。また、口座の残高の利子や運用した際の売買益は非課税扱いのため、残高を投資商品で運用し、老後の医療費積立とするケースも次第に増加している。特に子供が独立した年配者などは、HSAを確定拠出年金と同様に考えているようだ。
HSAは、健康保険制度が持つ様々な課題に対して、節税インセンティブと民間活力を活用した一つのソリューションだとも言える。今後日本でも参考になる施策ではないかと思うがどうだろう。