バイデン政権が10月30日に発表した「AIに関する大統領令」は、AIにまつわる様々な懸念に対して政府の対応策/方向性を示したもので、日本でも広くメディアで取り上げられました。ここではその内容を解説するとともに、民間企業への影響に関する論議にも触れました。 ■ 大統領令とは政府の様々な方針は、議会が法案を審議し法律となって初めて強制力を持つが、大統領令は大統領が独自に出せる命令である。即効性はあるが、牽制機能として議会や最高裁が無効にすることも可能である。そのため、実際の大統領令は大統領が希望する方向性を示す範囲に留まることが多い。大統領令で示された方針に沿って議会が法律を整備、各省庁がガイドラインを発行し、施策に必要な予算を要求することで(予算案は議会での承認が必要)大統領が示した方向が具現化されていく。 今回発表された「AIに関する大統領令」も、国の安全保障に関する部分には「国防生産法」が適用されるが(=戦時の特例として大統領権限で強制できる)、それ以外は、今後ガイドラインや技術標準が整備され、法案が立法化されて実現していくと考えられる。 ■ 「AIに関する大統領令」の狙い10月末に発表された大統領令は111ページに及ぶ膨大なもので、これまでのAIに関する論議の集大成である。ここでは、示された方針を5つに分類してみた。 (1)国民の安全/権利の尊重、AIが国民生活の脅威になることの防止AIアルゴリズムが、差別や不公平、人権侵害、プライバシー侵害などを生じさせない事を謳っている(故意の場合/想定外の副作用双方を含む)。対策としては、AIを開発する企業に対し発売前の安全性テストの実施とテスト結果の政府への報告を義務付けることを表明している。また、AIによるニセ情報の拡散防止や著作権侵害対策、AI活用による雇用環境変化への対応(スキルチェンジの支援)にも言及している。 (2)安全保障面からのリスク回避/悪影響の防止前述(1)を国家の視点から捉え、米国のクリティカル・インフラやサイバーセキュリティ対策がAIにより侵害されないことを謳っている。安全保障にかかわる部分の対策(安全性テストと結果報告)に対しては「国防生産法(=大統領権限で民間企業に命令を出すことが可能)」を適用して法的拘束力を持たせた。 (3)AIに関するレギュレーションの整備(国内/グローバル)世界各国でAI利用に関するレギュレーションに関する論議が始まっているが、ここでは、米国が国際的な枠組みを提案し推進することで、グローバルをリードする立場になることを表明している。 (4)AI技術と関連産業の育成AI技術を活用し米国の優位性を推進する施策として、AIに関するR&Dの実施(AI技術の機能拡張やAIを使ったイノベーション、プライバシー保護技術など)を表明している。医療分野や環境保護/気候変動対策/教育改革などへのAIの応用にも助成金を出すとしている。AIに関する高度人材の受入れ積極化も表明している。 (5)米連邦政府省庁でのAI活用連邦政府内におけるAIを活用した行政改革/DX推進/国民サービス向上を謳っている。政府各省庁でのAI導入をスピードアップするため、AI利用ガイドラインや予算申請ルール/購買ルールなどを整備する。 ■ 大統領令に戻づく施策大統領令では、前述の方針を具現化するため、関係省庁に対しては各種ガイドラインやルール作りを、立法府(議会)に対しては法律の整備を求めている。 (行政府への指示)(1)技術標準/テクニカル・ガイドラインの整備米国標準技術研究所(NIST)に対し、AIの安全確保のため(1)AIシステム開発に関する安全確保ガイドラインと、(2)各省庁でのAI利用/リスク管理に関するガイドライン、(3)前述の発売前テストに関するテスト基準作りを指示している。商務省へは、AIで作成したコンテンツに「透かし」を付与することへのガイドライン作りを要請している。 (2)国土安全保障省(DHS)におけるAI安全保障委員会の設置連邦政府内省庁のサイバーセキュリティ対策やクリティカルインフラ保護に対するAI利用は、事前テストが必要となるが、テストの実施はDHSが主幹することになるようだ。 (3)各省庁でAI活用を進めるための各種ガイドライン作成(体制構築/予算化/購買手順など)米行政管理予算局(OMB)では、大統領令発令直後の11月2日にAIガバナンスやリスク管理等に関するガイドライン案「Advancing Governance, Innovation, and Risk...